ピンクの警報発令中

多分VR転職しました。関連する技術系の話と、アイドルの話をします。技術の話、めちゃゆるい。

XR創作大賞のために書いた理想

私には推しがいる。
推しがいるけど、いない。
私の好きな推しは、もう誰か一人のものになってしまい、私たちオタクの前には姿をあらわさなくなってしまった。

私の推しが私の推しとして最後の活動をする少し前に、コンタクトレンズ型のカメラが発売された。
理屈はよく分からないけど、オプションでチョーカー型のカメラもあれば360度の映像を残せるらしい。
私は未来のオタ活資金の全てを注ぎ込み、最後のライブにそのカメラを装着して行った。
もちろん、本来ならカメラなどNGだが、柔軟に異文化を取り込む運営だったので、皆思い思いに推しとの思い出を残していた。

私はその映像を、飽きることなく毎晩見る。
少しだけ軽量になったヘッドマウントディスプレイと、臨場感を感じ取れるヘッドホン。
まだ一式を頭にのせれば重いのだけど、細かなビーズの入った人をダメにするクッションに埋もれれば少しは気にならない。
コンタクトレンズで撮られた映像は、流石に私の視点だなと言う感じで、私の見たい場所をピタリと抑えている。
そうそう、この時こうだったな。
あ、実はこの衣装ってこんな作りなのか。
この煽りは本当に盛り上がったなぁ。
静かにライブに身を沈め2時間。
ライブ終わりの喪失感もあの時のまま。

最後のライブの映像が商品化されたのは、ちょうどリアルのライブがあってから1年後だった。
普通のブルーレイもあるけど、特殊なグラスで見る追加パッケージもあるらしい。
「あなただけのライブを作る」
なんだそれ。
もう使われなくなってしまったオタク資金から、機材丸ごと購入した。

届いたグラスはMRグラスで、到底没入は出来そうになかった。
なんだ、またアイスの蓋の上で踊らせるタイプか、なんて。
グラスをかけて、初期設定。
データは元々入ってるらしかった。損失した時のためのデータ自体は同封されてたけど、すぐには使わないだろう。
真っ暗なテレビ画面を向いて設定を完了、データ 再生。

『こんにちは!ライブ映像購入ありがとうね!』
推しが、等身大の推しが、私の目の前に現れた。
『ちょっとここ狭いな。もう少し下がれる?』
ソファに座ってた私は慌てて立ち上がりソファの後ろに立つ。
『ありがとっ。それじゃ、う〜ん。ここのテーブル乗っちゃうけど怒んないでね』
よっと、という感じに推しがテーブルに乗った。
テーブルの上のリモコンやマグカップやらは、サイズで無視されてるようだ。
私にしか見えてない推しの足元でグラフィックをチラチラさせている原因になっている。
そんなことはお構い無しに、推しから『じゃ、ライブ始めようか』と言う提案と一緒に歌の一覧表が出てきた。
ためしにスタンダードな1曲を選ぶ。
推しがお決まりの煽りをすると、他のメンバーもわらわらと揃った。
しかしテーブルは狭い。
というか、部屋が狭い!
窮屈に踊る推しを1曲分、黙ってみる。
ずっと推しから爆レスが。
やめて私が死ぬ。
曲が終わると『次はペンラ持ってもっとコールしてよね』と怒られた。
グラスの設定をした時にテレビの前に置いておいたセンサーの赤いランプが目に入った。
私はグラスの電源を切り、深く息を吐いた。

「と、言う体験をして以来開けてない」
「何それ、俺も見たい」
オタクの友人に例の「あなただけのライブ」の話をすると興味津々だった。
「なんか広い場所で見たいんだよね。まだ買えるから買って一緒に見ようよ、マルチも可能だから」
「買うわ。あとは広いとこか〜。ラブホでも行く?」
「言うほど広くないしシネ」
結局、物が揃ったら夜遅くに公園で、という話に落ち着いた。

もう日の落ちた人気のない公園に、バッテリーから電力供給されたセンサーを設置する。
何気にキャンプギアが活用されてる。
友人は初期設定からやっているようで、ぎこちない手つきで空中を押しまくっている。
「あ、私のID教えるから、それ終わったら同期してよ」
LINEからIDを送信して、入室待ち。
私がスタートをすれば、相手も自動的に始まる仕組みらしい。
「おっけー、はじめよ」
「りょーかい、じゃあヘッドホンしちゃうね」
ノイキャンの効いたヘッドホンをすると無音の暗闇が目の前にあり、スタートボタンだけが煌々としていた。
3.2.1
『もう、久しぶりじゃない?あ、でも今日は友達もいるんだ〜!』
『キミは、私を推してくれてるんだ。ありがとう〜』
私の推しと、友人の推しが並んでいる。
同期ってこういうことなの。
つーか、暗いところだとめちゃくちゃ発色イイし、前回と衣装違うし!
『今日は広いね!あ、ペンラも持ってるんだ!いいじゃん!』
『ねね、今日はゆっくり見られるのかな?私達から提案なんだけど』
バラバラっとアコーディオン式のメニューが表示される。
前回と違って、そこには年とライブ名があった。
私が友人の方を見ると、彼は「えらべ」のようなジェスチャーをしたので、あの最後のライブを選択した。

私が何度も何十回も見たライブと同じセットリストで、全く同じMCの内容で、でも永久に続く爆レスとそんな間近には見たこと無かった輝くような笑顔を1時間半ほど浴びて(着替えの時間やアンコールはスキップ可能だった)、私も彼も文字通り燃え尽きてその場にへたり混んだ。
「やばすぎなんだが」
「わかりみ」
単語でぽつりぽつりと語り、いそいそとセンサーを片付けてから反省会よろしくファミレスに行った。
現地に行ったような錯覚に陥り、1年ぶりの感覚に心地よい疲弊を覚えながら2人でパフェを力なく口に運ぶ。
「あれはなに?撮り直してんの」
「わからん…でもあのライブの時と同じだなって動きはあったよね」
「あんなに見つめられるのとかどうやってライブ中に撮んのよ…意味わかんないだろ」
「それ。無理すぎて何度か視線外した。そっちの推し見たら、そこからも爆レス来てた」
「だよな?全員から爆レスされるとか無いだろ」
「そんなんオタクが死ぬから本来禁止事項よ」
どんな技術であんなふうに見られるのかをお互いに推測し合うも全く分からないまま、アイスはすっかり溶けてしまった。
「どうやってんのかは知らんけどさ、あんなの見ちゃったら新しいライブ見たくならね?」
「あ~……だからさ、自分のセトリ作れんじゃないの……知らんけど。衣装選択も出来るみたいだし。なんか逆にしんどい」
もう、この先の推しを見ることは出来ないから、それを痛いくらいに実感させられる。
「まあまあ。だから全部置いてってくれたんでしょ」
「ポジティブめ。私は新曲も見たいし新しいソロコンも舞台だって見たかったんだ」
あのライブの時以来、久しぶりに涙が出た。

【一夜限りの再結成!新曲も発表】
ネットニュースで話題になってから、ようやくことの次第を理解する。
推しが帰ってくる。
一日だけだけど。
もうあれから随分月日は流れて、配信ライブと現地ライブも半々くらいになってきていた。
配信ライブと言っても、ナントカの絆のコックピットみたいなものに詰め込まれて見る、4DXプラスVRなやつで、その施設に赴く必要がある。
会場には100もない最前列が、その機材の数だけ体験出来る。
私は見るライブも無かったので体験したことが無かったのだが、もう現地に行く体力に自信がなかったから近場の配信会場でライブを見ることにした。
話にあったように、コックピットみたいなのに詰め込まれると、線がプラプラと繋がった手袋をはめさせられた。
それほど蒸れることも無く、ペンラの握りも悪くない。
水泳ゴーグルみたいなやつを付けると暗闇の中に、いつかみたいにスタートボタンが煌めいていた。
それを見つめると、周りの景色がぶわっと変わり、VRは見慣れていたつもりだけどついつい周囲を見回してしまった。
ライブ前の喧騒、少しヒンヤリした空気、どこからか始まるコールを背に、私は最前列に立っていた。

ライブは自身が遠隔で見ていることを忘れるくらいにリアルだった。
ペンラが隣の人に当たりそうになり、でも当たらず空を切る腕に「あ、そうだ」と現実に戻る。
それくらいに没入出来た。
私はライブに行っていた。
極めつけはお見送りで『来てくれてありがとう』と手をギュッと握られた事だった。
何度も握手会を経験していたが、華奢な手のひら、握られた時の指の細さと強さにグローブの存在を忘れた。
頬に出る特徴的なえくぼが魅力的な笑顔を目に焼き付けて、ゴーグルを外した後少しだけ泣いた。

とてもいい時代になったと思う。
どこにいても、臨場感そのままに色々な体験ができるようになった。
でもやはり求めてしまう"次の予定"
こればかりはどうにもならない。
オタクであるが為の業であり罪だ。